「とにかくインドで勝負してみよう」——2010年から続く、代表・関口のインドビジネス奮闘記
「とにかくインドで勝負してみよう」——2010年から続く、代表・関口のインドビジネス奮闘記
日本企業のインド進出支援から、日本のお弁当デリバリー、グローバル人材育成プログラム、エンジニアの人材紹介まで。
気づけば、2010年から15年以上、ずっとインドで「チャレンジ」を続けてきました。
2010年、「とにかくインドで勝負してみよう」から始まった
最初の一歩は、日本企業のインド進出コンサルティングでした。
日本側の商材を預かり、現地でのマーケティングや代理販売を請け負う、いわば「インドの足」として動く仕事です。
今でも忘れられないのが、5月のチェンナイ。
気温はほぼ50度。
アスファルトの照り返しで空気が揺らぐ中、ひたすら企業を回り、パンフレットを配り、プレゼンを重ねていました。
- 英語もアクセントが強いタミル訛り
- 汗が止まらないオフィス訪問。そして、室内はエアコンが効きすぎて風邪をひきそうになるぐらいの寒さ
- アポなしで門前払いされることも日常茶飯事
それでも、少しずつ話を聞いてくれる現地企業が増え、
「日本の技術って面白いね」と言ってもらえたときの手応えは、今でも原点になっています。
日本の「エコ技術」を束ねて、デリー政府にプレゼンした日々
次に取り組んだのが、日本の中小企業が持つエコ商材のパッケージ販売です。といっても私が勝手に各社の商材をパッケージ化して売るというものでした。
- 企業A:生ごみや残渣を肥料に変える機械
- 企業B:プラスチックゴミを油に戻す装置
- 企業C:煙を出さない、エミッションフリーの焼却炉
それぞれ別々の企業が持っている技術を、一つの「エコソリューション」として組み合わせ、デリーの政府機関や自治体に提案して回りました。
プレゼンそのものには興味を持ってもらえる。
環境課題としてのニーズもある。
ただ、最後に必ず出てくるのが「価格」の壁でした。
「技術は素晴らしい。でも、この価格はインドの現場では難しい。」
当時は、価格の折り合いがつかず、案件としてはなかなか前に進みませんでした。
正直、歯がゆさもありました。アイデアは悪くないが、結果が出ない・・・・
一方で、今の「SDGs」「脱炭素」「グリーンインディア」の流れを見ていると、
「あの時と同じ提案を、今もう一度持っていったら、結果は違ったかもしれない」
と感じることもあります。
ビジネスは、「やるか・やらないか」だけでなく「いつやるか」も大きい——インドでのエコ商材営業は、それを痛感させてくれた経験でした。
インドで始めた、「日本のお弁当デリバリー」という無謀とも思える挑戦
3つ目のチャレンジは、ITでも製造業でもありませんでした。
僕がインドでやろうと決めたのは、「日本のお弁当を、インドの街で当たり前のように届ける」サービスです。
プネで立ち上げた「Aji No Kitchen(味のキッチン)」では、日本からシェフを呼び、現地のシェフアシスタントたちと一緒の厨房チームとそのチームを支える食材調達チームと出来たお弁当をお客様の元へ確実に届けるデリバリーチームそして全体を管理するマネジメントチームという構成で10~15名(日本人は2名のみ)で運営をしました。毎朝せっせとお弁当を手作りしていました(初期はランチのみ、途中から夜も実施するようになりました)。
届け先は、日系企業のオフィス、日本人駐在員、そして「カレーも好きだけど、そろそろ白いごはんと味噌汁が恋しい」という人たちです。
僕たちが掲げていたミッションは、とてもシンプルでした。
インドに来て戦っている日本人の「胃袋」を支えることで、
現地でのパフォーマンスを最大限発揮してもらうこと。
コンセプトも、あくまで「特別なごちそう」ではなく、「日本のふつう」を届けること。
- インドのスパイスと油たっぷりの食事に少し疲れたとき、ふっと肩の力が抜ける和食があること
- 「今日は生姜焼き」「明日は焼き魚」と、日本にいるときと変わらないいつものラインナップが続いていること
- 仕入れ・仕込み・配達まで、現地スタッフと一緒に汗をかきながら回していく、泥くさいオペレーションであること
ビジネスモデルとしては、これまでやってきたITとはまったく別物です。
それでも、「インドで、日本の“ふつうの生活”を支える」という意味では、自分にとってかなり本気のチャレンジでした。また、日本式の「時間通りのデリバリー」も、ひとつの付加価値として徹底していました。
しかし実際には、整備途上の道路インフラや、交通ルールが浸透されていないカルチャー、日本人の想像をはるかに超える朝の大渋滞に日々悩まされ、「約束の時間に届けること」の難しさを思い知らされる場面も少なくありませんでした(数々の苦労話の一例です・・・)。
当時、頭の中には3つのフェーズを描いていました。
- 第1フェーズ:日系企業と日本人駐在員に徹底的に届けて、まずは「プネーで日本食と言えばAji No Kitchen」という状態をつくる。
- 第2フェーズ:インドに進出している中国・韓国企業にも広げて、「アジア駐在員のための弁当インフラ」になる。
- 第3フェーズ:最終的には、インド人のローカル企業・一般家庭にも、日本の家庭料理を広げていく。
結果として、第1フェーズは想像以上にうまくいきました。
プネーにある多くの日系企業にデリバリーさせていただき、
年に一度プネーで開催されるバドミントンの国際大会では、日本代表選手の食事も任せてもらえるようになりました(インドではクリケット以外にバドミントンも人気スポーツです)。
ただ、順調に見えたAji No Kitchenも、第2フェーズの途中で大きな壁にぶつかります。
きっかけは、よくあると言えばよくある、「人」の問題でした。『企業は人なり』とはよく言いますが、事業を生かすも殺すも結局は人で決まるのだと痛感しました。
せっかく軌道に乗りかけていた事業が、なぜそこで止まってしまったのか!?
そのあたりの話は、また別の機会があればじっくり書いてみたいと思います。
ちなみに「Aji No Kitchen」という店名には、ちょっとした拘りがあります。
マラーティ語で「Aji」は「おばあちゃん」を意味し、「おばあちゃん(お袋)の台所」というニュアンスがあります。
そこに日本語の「味のキッチン」を掛け合わせて、「インドの街角に、日本のおばあちゃんの台所をつくる」という思いを込めておりました。
この頃から、インド現地でも数十名規模で仲間を雇用し、一緒に汗を流すようになりました。
その日々の共同作業を通じて、少しずつ「インド人とどう働くべきか」「インドで事業をどう前に進めるべきか」を試行錯誤しながら体感ベースで学んでいきました。
この経験から、「結局、すべては人で決まる」という学びを得て、次第に人材ビジネスへとシフトしていくことになります。
人材ビジネスへ——「カイトレ」、そしてインド人エンジニア紹介事業へ
日本の若者を「インドに放り込む」グローバル人材育成プログラム
次に取り組んだのが、グローバル人材育成プログラム「カイトレ」です。
『カイトレ』は、日本の常識がほとんど通用しないインドの現場で、短期間のあいだにリアルなビジネスミッションをやり切る実践型プログラムです。
カイトレを立ち上げた背景には、はっきりとした想いがありました。
これからの日本を支える若者たちに、グローバルの現場でも戦っていける力を身につけてもらい、再び日本を輝かせる原動力になってほしい——そんな思いから、このビジネスをゼロからつくり、挑戦をスタートさせました。
その環境として「インド」が最適だと考えました。
現地企業とのプロジェクトや市場調査、営業同行などを通じて、「机上のグローバル教育」ではなく、汗まみれになりながら学ぶ場をつくりました。
・アポイントのドタキャンは当たり前
・案内された住所に行ってもオフィスが見つからない
・電源が落ちる、ネットが突然つながらなくなる
そんな「予測不能」が日常の環境の中で、どうやって成果を出すのか。
そこで鍛えられるのは、英語力だけではありません。
・折れないメンタル
・現地の人を巻き込んで動かす力
・カオスそのものを楽しめるマインドセット
といった、グローバルビジネスに本当に必要な“筋肉”です。
参加者は、いわゆる「意識高い系」というより、自分の殻を破りたい人たちが多く、
中には、大企業にそのまま就職するルートをやめて、インド経験をきっかけに起業した人もいます。
「インドでのカイトレが、キャリアの転機になった」
そう言ってもらえる瞬間は、この上ない喜びです。
同じインドという場所でも、
ある人にとっては「自分の弱さと向き合う場」に、
別の人にとっては「次の一歩を踏み出すきっかけ」に、
それぞれの受け止め方が生まれているのだと思います。
参加者や一緒にやっている仲間から私も色々と学ばせて頂いており、感謝です。
そして今の軸に繋がる、インド人ITエンジニアの人材紹介
日本企業のインド進出支援から、お弁当デリバリー、カイトレまで。細かいものも含めると数々の挑戦をインドでしてきました。
気づけば私は、インドで「モノ」や「サービス」以上に、常に人と向き合うビジネスばかりを選んできました。
猛暑50度のチェンナイで、汗だくになりながら商材を売り込んだときに感じた、現地市場の“生々しい熱さ”。
デリーの会議室で、「いい技術だけど、この価格では無理だ」と一刀両断されたときに突きつけられた、シビアな現実。
プネの「味のキッチン」で、日本食のお弁当を頬張りながら笑顔になる駐在員や現地スタッフを見て、「食」が人の心とパフォーマンスを支えることを実感した日々。同時に「人」問題で撤退せざるを得なくなり、「企業は人なり」と再認識した瞬間。
そしてカイトレで、インドのカオスに揉まれながら、自分の殻を破っていく日本の若者たちの姿。
これらの経験が教えてくれたのは、
「どんなビジネスモデルか」よりも、
「どんな人が、どんな覚悟でその場に立っているか」が、結果を決めるということでした。
一方で、日本に目を向けると、
DXだ、AIだと掛け声はあるのに、「やりたくても、任せられる人がいない」という声ばかりが聞こえてくる。
求人を出しても応募ゼロ、案件を断らざるを得ない現場、エンジニア不足で前に進めないプロジェクト——。
「このままだと、日本は“やりたくても、人がいない国”で終わってしまうのではないか」という危機感が、年々強くなっていきました。
だったら、25年前にバックパッカーとして感じた、あのインドの「底力」と「熱量」を、日本の未来につなげられないか。
そう考えてたどり着いたのが、いま私が軸としている インド人ITエンジニアの人材紹介・育成ビジネス です。
ただエンジニアを“連れてくる”だけでは、日本側のモヤモヤは何ひとつ解消されません。
日本語が不安、日本の商習慣も文化も分からない——その状態で現場に放り込まれれば、
企業も、エンジニア本人も、結局は苦労するのは目に見えています。
だからこそ、私たちがやっているのは「紹介」ではなく、「教育込みで紹介する」ことです。
- インドの工科大学と組み、「本気で日本で働きたい」学生だけを選抜する。
- 在学中から、日本語と日本のビジネス文化をカリキュラムに組み込む。
- 日本企業が求めるスキル(Java、Python、クラウド、AIなど)に合わせて、現地の教育内容も一緒にチューニングする。
- 卒業する頃には、「ITスキル+日本語+日本式の仕事の進め方」を備えた“未来の同僚”として送り出す。
言ってしまえば、
「紹介する前に、未来の同僚として育てておく」
という発想です。
これまでインドでやってきたすべてのビジネス——
炎天下の営業も、エコ商材の提案も、お弁当デリバリーも、カイトレも——は、振り返ればこのモデルにたどり着くための“予行演習”だったのかもしれません。
インドとの「距離」と「ギャップ」を、どうやって埋めるのか。
インド人材の「熱量」と、日本企業の「課題」を、どうやって一つのストーリーにするのか。
その答えのひとつが、いま私が全力を注いでいる、インド人ITエンジニアの人材紹介・育成という仕事です。
日本をもう一度「攻める国」に戻すために、外から新しい血を入れる。
そのための一本の橋を、インドのキャンパスと日本の現場のあいだにかけ続けている、という感覚に近いかもしれません。
つまるところ、日本が大好きで日本を再び輝かせたい。(子供達が)「誇れる日本」・(外国籍の方々に)「選択される日本」にしていくための小さな挑戦・実験を日々しているのだと思います。
これからもさまざまなビジネスに挑戦していきますが、先ほど書いたビジョンだけはぶらさずに、そこへ向かって一歩ずつ進めていきたいと考えています。
2010年から、インドで「走り続けている」ということ
振り返ってみると、僕のインドビジネスは一貫して順風満帆だったわけではありません。
むしろ、うまくいかなかったこと、タイミングが合わなかったことの方が多いかもしれません。
それでも、2010年から今まで、形を変えながらインドでのチャレンジを続けてこられたのは、
- 現地で一緒に汗をかいてくれたインド人メンバーがいたこと
- 「日本とインドをつなぐ仕事をしたい」という想いが消えなかったこと
この2つが大きいです。
インドで現地採用したスタッフとは、
お弁当の配達ルートを一緒に回り、
企業訪問で一緒に断られ、
日本語とヒンディー語と英語をちゃんぽんにしながら、何度も議論を重ねてきました。
そうした積み重ねが、「インド人とどう付き合うべきか」という自分なりの感覚を少しずつ育ててくれたのだと思います。
ここからは、そうした一つひとつのビジネスの裏側で培ってきた「インド人との付き合い方」について、もう少し踏み込んでお話しします。
日本人とインド人、信頼関係のつくり方
15年以上インドでチャレンジを続けてきたからこそやって見えてきた、“ちょうどいい距離の縮め方”について書いてみたいと思います。正直15年ぐらいでインド人、インドビジネスを知っているなど口が裂けても言えませんが(インドは凄く深いので・・・)、自分でやってきて掴めた事を言語化しようと思います。
どのビジネスにも共通していたのは、
最後に勝負を決めるのは「ビジネスモデル」ではなく、いつも「インド人との付き合い方」だった、ということです。
ここからは、その「裏側」に踏み込んで、
日本人とインド人が一緒に働くときにぶつかりやすいポイントと、そこからどう信頼関係をつくってきたのかを、私の経験ベースで言語化してみます。
1. 「合わない」の正体は、だいたい“前提のズレ”
インド人と一緒に仕事をしていると、日本側からよく聞くのがこんな声です。
- 「言ったとおりにやってくれない」
- 「こっちが聞きたいことに答えてくれない」
- 「ちゃんと分かっているのか不安になる」
一方で、インド人エンジニア側から聞く日本の印象は、だいたいこんな感じです。
- 「何を決めたいのかがはっきりしない」
- 「問題があるなら、もっと早く言ってほしい」
- 「NOなのかYESなのかが分かりにくい」
つまり、「合わない」というより、“前提が違うまま話している”ことが多い。
ざっくり言うと、
- 日本側:
- 「まずは相手の状況を考えて、迷惑をかけないように」
- 「指示しなくても気づいて動いてほしい」
- 「少しコンサバに控えめに見積もってほしい」
- インド側:
- 「まずは自分の意見をはっきり伝えた方が誠実」
- 「言われていないことまでやると、それはそれで怒られることもある」
- 「常にアグレッシブで背伸びするぐらい丁度いい」
という価値観の差が、あちこちで顔を出します。
このギャップを放置したまま、「やっぱりインド人は…」「やっぱり日本企業は…」とラベルを貼ってしまうと、関係はどんどんこじれていきます。
インド人に限らず、外国籍の方と仕事をするときは、「日本の常識は通用しない」と思っておいた方がいいと思います。
だからといって妥協すべきという意味ではなく、むしろ お互いの良いところをどう擦り合わせていくか という作業(前提を合わせる作業)こそが、いちばん大事だと感じています。
2. 信頼関係が生まれる瞬間は、「厳しさ」と「誠実さ」が同居したとき
15年以上現地で一緒に仕事をしていて感じるのは、インド人は思った以上に“厳しさ”を見ているということです。
具体的には、こんなときに関係性が一段深まります。
1) 言いにくいことを、その場で正直に伝えたとき
- ミスをしたときに、後から陰で評価を下げるのではなく、その場で理由を聞き、ダメなものはダメとはっきり伝える。
- 「これは日本側として絶対に妥協できないラインだ」と、基準を明確に共有する。
遠慮して何も言わないのは、インド人からすると「本音が分からない」「何を期待されているか分からない」に繋がります。
むしろ、最初に少し厳しめに“期待水準”を伝える方が、安心されることが多いです。
2) ミスの原因を一緒に分解し、「次どうするか」まで踏み込んだとき
- 「なんでこうなったの?」で終わらせず、「次同じことを起こさないために、プロセスをどう変える?」まで一緒に考える。
- 個人攻撃ではなく、プロセスの設計ミスとして扱う。
このとき、「じゃあこうしよう」と自分の案を返してくれるインド人は、一気に“当事者モード”に入ります。
ここを一度経験すると、こちらへの信頼度がぐっと上がるのを何度も見てきました。
3) 一度伝えて終わりにせず、お互いに理解できるまで根気強く言い続ける
「一度説明して伝わらなかったから諦める」のではなく、
角度や言い方を変えながら何度でも向き合う姿勢そのものが、
「この人は本気で自分たちと仕事をしたいんだ」と伝わり、信頼に変わっていきます。
3. 日本人がやりがちなNGパターン
逆に、「これはやらない方がいい」と感じているパターンもはっきりあります。
NG①:はっきりNOと言わず、後からひっくり返す
- その場では曖昧にOKっぽい雰囲気を出しつつ、
- 後からメールや別の場で「やっぱり難しい」と覆す。
インド側からすると、「どの言葉を信じればいいのか」が分からない。
一度これをやってしまうと、「日本側は表と裏が違う」というラベルを貼られがちです。
▶ ポイントは、その場でNOを言う勇気。
「今はNO。ただし、こういう条件ならYESにできる」とセットで伝えると、むしろ信頼が増します。
NG②:「察してくれるはず」と期待する
- 詳細まで指示せずに丸投げして、イメージと違うアウトプットが出てきたときにがっかりする。
- 「普通こうするよね?」という“日本の当たり前”を前提に話を進めてしまう。
インド人に限らずですが、「察して」文化はほぼ通じません。
特に、最初の3〜6ヶ月は「言い過ぎかな?」というくらい具体的に期待値を言葉にする方が、結果的にお互い楽です。また、私もよく使う方法ですが、依頼内容を一度こちらから説明して終わりにするのではなく、相手に自分の言葉で復唱してもらうようにしています。そうすることで、「お互いが本当に同じ理解に立てているか」を、その場で確認できるからです。
NG③:褒めない・ねぎらわない
- どれだけ頑張っても、何もフィードバックがない。
- 問題があるときだけ指摘される。
インド人は、日本人以上に言葉での評価・感謝を重視します。
「この前のリリース、すごく助かった」「この資料のここが分かりやすかった」と一言添えるだけで、次のコミットが明らかに変わります。
NG④:マイクロマネジメントをし過ぎる
日本のマネジメント感覚のまま、毎日のように細かく進捗をチェックしたり、手順に口を出し続けたりすると、インド側は「自分は信頼されていない」と受け取りがちです。
最初は遠慮して従いますが、内心ではモチベーションが下がり、主体性も失われていきます。
「任せるところは任せる」「結果で対話する」というスタンスを示さないと、
いくらきれいな言葉で信頼を語っても、実態としては「監視されている」と感じさせてしまう。
インド人材の力を引き出すうえでは、細部に目を配りつつも、一歩引いて見守る勇気がとても重要だと思います。
4. “距離を縮める”ためにやってきた具体的な工夫
ここからは、私が現地で実際にやってきて効果があったと感じる「距離の縮め方」です。
1) まずは「個人」として興味を持つ
- 出身地、家族構成、宗教行事、好きな食べ物、将来の夢…
仕事と関係ない話を、意識的に挟むようにしています。
インド人は「自分に興味を持ってくれる相手」に対して、明らかに態度が変わります。
逆に、ずっと仕事の話しかしないと、「単なるビジネス関係」で終わりがちです。
▶ 週1回の1on1で、最初の5分は必ず雑談から入る。
これだけでも、チームの空気はかなり変わります。
2) 「決め方のルール」を最初に共有する
- 何を誰が決めるのか(インド側裁量/日本側承認)
- どこまで相談なしで進めていいのか
- トラブル時は、誰に・どのタイミングでエスカレーションするのか
これを最初に紙に書いて共有しておくだけで、無駄なフラストレーションがかなり減ります。
「なんで勝手に決めた?」
「なんで相談してこない?」
とお互いに怒る前に、「ルールがなかっただけ」というケースがほとんどです。
3) 「質問歓迎」の姿勢を明文化する
多くのインド人は、日本企業に対して最初こう思っています。
「こんなこと聞いたら怒られるのでは?」
「レベルが低いと思われるのでは?」
そこで、僕は最初にこんなメッセージを伝えるようにしています。
- 「分からないまま進めるのが、一番リスクが高い」
- 「質問は“弱さ”ではなく、“責任感の表れ”だ」
- 「同じ質問を2回しても大丈夫。その代わり、3回目以降は自分から案を出してほしい」
これをチーム全体の約束事にしておくと、
「質問してもいい空気」が生まれて、コミュニケーション量が一気に増えます。
5. 15年以上インドでやってきて、結局こう思う
正直に言うと、僕も最初からうまくやれていたわけではありません。
- 伝わっているつもりで全然伝わっていなかったり
- 信頼して任せたつもりが、相手には「放置された」と受け取られていたり
- 逆に、口を出しすぎて、相手の自信を奪ってしまったり
そういう失敗を、インドで何度も繰り返してきました。
それでも、15年以上続けてきて今思うのは、
日本人とインド人は、「合う・合わない」の前に、
「ちゃんと言葉にすれば、意外なほど分かり合える」
ということです。
日本側が少し勇気を出して、
- NOをはっきり言う
- 期待値を言葉にする
- 個人として興味を持つ
この3つを実践するだけで、インド人材との距離はかなり縮まります。
そして、その“ちょうどいい距離感”ができたとき、
インド人は、驚くほどの集中力と爆発力で応えてくれます。
個人的には、日本人とインド人はさまざまな点で“真逆”だからこそ、互いの弱みを補い合えるパートナーになれたとき、最強のチームになると感じています。
そこまでに至る過程は、私も同じだったようにストレスが溜まったりすると思いますが、そこを乗り越えて最強のチームを手に入れて欲しいと願っております。
おわりに:人と人をつなぐ「橋」を増やしたい
ここまで書いてきた、
インドでのビジネスのあれこれも、
インド人ITエンジニアの教育・紹介も、
突き詰めればすべて、「日本とインドのあいだに橋をかける仕事」です。
その橋を強くするのは、制度やスキームだけではありません。
日々のやりとりの中で、
- どれだけ本音を交わせるか
- どれだけ相手の立場に立てるか
- どれだけ「一緒に勝ちにいく」姿勢を見せられるか
そういった、ごく人間的な部分です。
もし、あなたの会社が「インド人材に興味はあるけれど、不安もある」と感じているなら、
今回書いたような“付き合い方”の視点を、少しだけ頭の片隅に置いてもらえたら嬉しいです。
インドには、日本の未来を一緒につくりたがっている人材が、本当にたくさんいます。
あとは、それを受け止めて、一緒に走る覚悟を持てる日本側のパートナーがどれだけ増えるか。
これからも、そんな橋を一本でも多くかけていくことに、僕は自分の時間とエネルギーを使っていきたいと思います。
※この記事をインド人ITエンジニア採用にご興味ある方、コメント欄での質問や、個別のご相談も歓迎です。
【会社概要】
■ 会社名 WooGWay株式会社
■ 代表者 代表取締役 関⼝ 友則
■ 所在地 〒101-0036 東京都千代⽥区神⽥北乗物町9番地1 ⽇榮ビル4階
■ 設⽴ 2010年4⽉
■ 事業内容 ⼈材紹介、ITコンサルティングサービス、海外ビジネス⽀援サービス
■ 資本⾦ 9,500,000円
■ 許可番号 厚⽣労働⼤⾂許可番号13-ユ-311705
■ グループ会社 AARYA WooGWay(インド) Pvt.Ltd、JABBOCK & WooGWay(ナイジェリア) Limit.
■ 公式サイト https://woogway.com/
私たちWooGWayはインド人採用に特化したインド人紹介サービス”IT Jobs Japan”を運営しております。インド現地にも法人を構えており、約1万人以上のインド人エンジニアで日本で働きたい候補者を抱えております。
日本のエンジニアの人材不足を少しでも解消して日本に新たなIT革命を起こすためにインド人エンジニアの採用を企業の選択肢に入れて欲しいと考えています。定期的にインド・IT・エンジニア・テクノロジーのキーワードで記事を書いて情報発信していきますので、ご興味を持った方は是非フォロー、コメントお待ちしております。
【IT Jobs Japan】
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